留学帰りの大学生が、アフリカでプログラミング教えて感じたこと

DSC00167

DSC00159

 

これからアフリカ行って何かやりたい!いまやっぱアフリカってホットだしクールだ!ビジネスチャンスいっぱい!みんなを平和にしたい!…と、意気込んだことのあるすべての人へ。

大変素晴らしいです。

心からそう思いますし、本当にぜひ何かに挑戦してみてほしいです。

 

やってみなきゃ何もわからんし語れない、という感想は私がアフリカで感じたことのひとつです。

 

この記事は、「なんだかホットでクールなアフリカでアクティブなことやりたいけれど、考えるといろんな理由が浮かんできて、やっぱやらない方がいい気がし始めている」くらいの人に向けて送る、大変にゆるい現地での活動感想文です。

何をやったの?

DSC00173

東アフリカのタンザニアという国で、ツイッターの作り方を教えていました。

「プログラミングで何か作れるスキル教えたいんだよね。ツイッターとか。」ということをあちこちで話していたら、なぜかタンザニア通信省次官と面会することになりました。

実際にやってみると、この「エンパワーメントビジネス」に大きな面白さを感じ、普通の日本人大学生は「この先もここで挑戦してみたい」と思いました。

 

タンザニア初(かも)の実践的プログラミング教室

一般的に「アフリカ」というと、アフリカ大陸の約南半分、サハラ砂漠以南の俗に言う「サブサハラ・アフリカ」を指します。このサブサハラ・アフリカでよく、皆さんもニュースなどでよく見る紛争や貧困などの悲惨さを目の当たりにしていると思います。

アフリカ大陸東岸に位置するタンザニアは、サブサハラ・アフリカ諸国の中でも刮目すべき安定と平和を保っており、故にリゾート地としても人気があり、その中でも人気のあるザンジバル島には日本人も雑貨屋を構えているほど。

そのタンザニアで、国内初(※筆者調べ)となる「実践的なプログラミング教室」を主催しました。本記事は、タンザニアでプログラミング教室を主催した時に感じたことを思い起こしながら一文一文書いたものになります。

 

プログラミング教室では、述べ50人のタンザニア人・欧米人を対象に、パソコンの使いかたからプログラミングの概念的説明、さらに実用的なツイッター風アプリの開発までをレクチャーしました。正直、以前留学先でもいろいろ開発してたしどうにかなるだろ、と思っていましたがとんでもない。教えることは大変な困難を極めます。

しかし現地パートナーの協力のおかげもあり、期間中にはタンザニア国営放送局の取材も受け、その模様はタンザニア国内の夕刻のお茶の間に流れました。やり切れてよかったです。

DSC00284

タンザニア通信省も途中からジョイン!おもったよりも大事に

最初はフラッとタンザニアに来たひとりの学生のボヤキでしかなかったこのイベント、言ってる内に雪だるま式にどんどん大きくなっていって、途中から自分でもびっくりしていました。

初めは現地の若手IT起業家が協力者になりました。学生時代から複数の事業を経営、現在はソフトウェアスタートアップの共同創業者を務めています。彼とは最後までミーティングを重ねながらプログラミング教室を運営していくこととなりました。

次はタンザニア通信省の次官でした。インターン先であったEast Africa Sales Promotionと懇意にして頂いていた方からのご紹介で面会の機会を頂いたのです。そこからさらに、タンザニア国内のIT化を担うICTコミッション担当相を紹介されました。この担当相とは毎週面会しアイデアの壁打ちをしながら、プロジェクトを進めていくこととなります。

プログラミング教室を開くとなったら、重要なのは場所です。安全で、人が来やすくて、昼飯も食べれて、冷房が効いたところ。『そんなとこあるわけ無いやん?』と思って探していたらありました。

現地ECスタートアップのオフィスで、カフェもついていました。

彼らは理念に共感して、その場所を無償で3日間も貸し出してくれました。WiFiが弱かったので現地の最大手携帯会社のひとつTIGOにお願いしたところ、彼らも無償でスポンサーについてくれました。

さらにはプログラミング教室開催中には、どこから耳にしたのか、タンザニア国営放送局(日本でいうNHK)の取材陣も訪れ、インタビューを受けました。その日の夕方のニュースで放映されたようで、やってよかったと思いました。なぜやってよかったのかというと、この話を見てもっと多くのタンザニア人が手に職を付けたいと願い、少し余力のある人が自分でもプログラミング教室を開くようになったら、シンプルにこの産業が大きくなっていくからです。

なんとその後、日本のNHKラジオからも取材を頂き、本当にやってよかったと思いました。これを機にもっとこういうことを行動に移す人が増えたらいい、とも思いました。

DSC00267

支援と利用のトレードオフを打破する

これまでボランティアをやったり、アカデミックに生きようとしたり、ビジネスの世界で立身したいと考えたりいろいろ足を突っ込んできた私は、どう生きていこうかとさまざま迷っていました。迷っていた中でこのプログラミング教室を開いたのはベストタイミングでした。

常にアタマにつきまとっていたボランティアとビジネスのトレードオフが、何やら解消されたような気持ちになったからです。

 

ボランティアは、その定義と性質上、人生におけるサブプロジェクトでしかなり得ないため本気でやるのは辛いなと思っていました。ビジネスは、ちょっとやってみたところ現実的かつ短期的な数値目標は、どうやら人の倫理感と理性を崩壊させ、本来幸福のためにやっている活動によって不幸な人間を増やす可能性のあることを知りました。

紆余曲折あり、どうやら「大義の目的」の元に「具体的な努力目標」があり、かつ自分がやったことに対して「即座のフィードバック」を得られるこの環境は、この営利と非営利のトレードオフを解消する杖として機能するなと感じました。

留学おわったばっかりの日本人大学生

僭越ながら自己紹介させて頂きます。私の名前は阿部大和といいます。阿部感が無い、との理由からよく「大和」と呼んでくださる方が多いです。趣味はスケボーとシーシャ、好きな学問は行動経済学です。

日本では早稲田大学商学部に通っていて、生活の90%の時間をTECH::CAMPというプログラミングスクールで働きながら過ごしています。

DSC00236

片田舎から大学入学と同時に上京してきた私は、人間やろうと思ったらたいていどんな環境でもやっていくことはできる、ということを『夜と霧』を読んだ時に知りました。現代の若造であってもその本質に変わりはありません。

1年の時、アフリカの「これから来る感」になんだか惹かれて、アフリカの紛争問題をどうにかするNGO活動をはじめました。人生初の海外はアフリカのケニアでした。

2年の時、ビジネスも学びたくなってロサンゼルスで2ヶ月間のビジコンに参加しました。言葉はできませんでしたが、死にそうになりながら頑張っていたら最後優勝できたので嬉しかったです。

3年の時、英語が喋れる同級生が羨ましくてアメリカ留学に行きました。大学入学と同時に始めたNGO活動はそのとき既に辞めていましたが、NGOを辞めた自分の選択を正当化したくて、留学中もアフリカにいく道をずっと探していました。

その時偶然いただいたチャンスに乗っかって、気づいたら国の省庁も巻き込み、現地企業も舟に乗せ、浅瀬の小さな小島ぐらいには着いていました。

まだまだ灘にも当たっていませんが、人間やろうと思ったらたいてどんな環境でもうまくいくよう、超自然的な何かが手を貸してくれるのだと思うようになれました。

何を感じたの?

DSC00083

プログラミング教室を開いていろんなことを感じました。例えばこんなことたちです。

結論:これから中間層が来る

なんとなく社会の流れを変えたいなと思っていました。

最初は自ら現地に立ち、いちばん底から上に上げるのが英雄的でかっこよくて、それ以外のやり方はイケてないと思っていました。しかしその方法では、常に増え続ける底辺層へのエンパワーメントをすべてこの両手で行わなければならない論理となり、破滅的運命に陥ります。

もし中間層が成長し、その中間層が自律的により下層へのテコ入れができるようになったとしたら、これは嬉しいことです。彼らは彼ら自身を変えていく力を手にしているからです。また中間層には購買力もついていますから、波及する分野は多岐に渡るでしょう。

自分たちは彼らのことを自然と下に見る

誓っていいます。

アフリカに来る日本人の大半は、現地を動物園気分で歩いています。でなければ、道端でおもむろにカメラを取り出し現地の人の写真を無許可で撮り、SNSに、何の断りもなくアップする心理状態に説明をつけられません。

かといって、すべての外国人にむかって同じように接するかというと、そうでもありません。

典型的な日本人は、白人の前では卑屈になります。自分に自信がなくなり、自己主張しなくなります。ましてやいきなり写真を撮りだすなんてことはもちろんしません。

 

しかし彼らに聞くとほぼ100%の確立で「同じ人類として対等に見ている」という答えが帰ってきます。奇妙です。明らかに私たちは彼らのことを無意識下で非対等に見ています。

彼らも同様に私たちのことを見下している

同様に、現地の人々もまた、私たちのことをバカにしています。

こればっかりは自分で体感しないとなんとも言えませんが、滞在して数ヶ月も経つと、だんだん分かってくるのです。自分が優越感に浸っていたように思えた関係性が、実は相手からは嘲笑によって応えられていたことに。

彼らは敏感に感じ取ります。

侮蔑の眼差しは言葉以上に物を言います。

眼差しは言葉と違い、投げかけた相手に対して「意味を解釈する」という余暇を与えない分、より悪質です。

彼らも同じ幸福の尺度の中で生きている

しかし彼らも私らもみな同じ人類ですので、私たちが嬉しいと感じることには心動き、悲しいと感じたことにも、文化的な差こそあれもちろん同様の反応を示します。尊敬の念も、畏怖の念も。喜怒哀楽も、愛情も侘しさもありとあらゆる感情のすべて。

これら人間を人間足らしめている自由な精神活動は、肌の色も育った環境も関係なくすべての人類が所有しています。

今後何やるの?

DSC00080

またタンザニアでやっていきます。その前に違う国でも挑戦しますし、日本でもがんばります。

ベトナムでやってみます

日本に帰ってきてから私は、プログラミング教育を国内の転職志望者向けに提供する事業を、尊敬できる人たちと一緒に行っています。この会社は今年ベトナムの方へいく用事があるので、そこでまた海外事業に乗っかります。まずはベトナムで人々の人生をどうにか変えます。

その後タンザニアいきます

タンザニアにはその後、今年中にいこうと思ってます。もうちょっと固めてから一気に攻め込みたいと思います。

ルワンダはちょっと早すぎ

ルワンダはいろんなところで「IT立国」だと喧伝されていますが、すこし早すぎる印象です。いまはカーネギーメロン大学に地場育成を任せておきたいところです。

いまは日本の転職市場を変えます

ということで今は日本の転職市場におけるエンジニア不足を必死で解消しています。

ときどき思うのですが、ひたすら不幸な人は、不幸な材料に囲まれている人ではなく、幸福とは何か、またその考え方を知らない人なんじゃないかと思うんです。

心知体を身につけた、能力やスキルだけでなくひとりの人間として幸福な人を、できるだけ多く社会に生み出していきたいなと思いつつ今後の展望とさせて頂きます。

DSC00167

 

Please follow and like us:
20

関連記事

コメント

    • 大谷吉秀
    • 2017年 2月 22日

    自分たちは彼らのことを下に見るという点に非常に共感します。

    私は2016年の3月に複数の友人とベトナムで事業を立ち上げた経験から優越感や偏見を排除して人と接することの大切さを身に沁みて学びました
    。社会主義国家であるベトナムは、警察や軍隊の力が非常に強く、外国人が営む店や事業を厳しく取り締まっています。親日の国ではありますが、やはり外国人ということで監視の目が緩むことはありませんでした。法人登記をしていても、警察が視察に来てお店の問題点を見つけ、いきなり休業させられるといった外国人経営の店が多いという現状があります。私たちが営むBARも警察に目をつけられ、有無を言わさずお店の看板が持って行かれ、営業中止の危機に陥りました。そこで助けてくれたのが、私たちのBARの近隣で商売をしていたベトナム人住民の方々でした。
    ベトナムに来た当初、私は現地で生活する彼らに対して無意識に優越感を抱き、関わりを避けていました。途上国に住む彼らの生活様式と先進国に住む自分を比較して、見下していた部分があったと思います。しかし、実際に現地で暮らし、彼らの文化を理解し始めてからは、彼らと積極的にコミニケーションを取るようになりました。
    このおかげで、看板を持ち出された時、近隣のベトナム人の人々が一致団結して抗議を行ってくれました。彼らのおかげで、警察の無茶な行動を退けることができ、BARの営業を再開することができました。抗議の際、彼らは「この日本人たちは他の外国人と違って、私たちと対等に接してくれる。だから、ここで一緒に商売を続けさせて欲しい」と警察に伝えてくれたそうです。ビジネスで大事なのは人との繋がりであると実感させられた瞬間でした。

    ベトナムでの事業、楽ではないと思いますが応援しています。

  1. この記事へのトラックバックはありません。

ページ上部へ戻る

シェア大歓迎です!